大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2308号 決定 1966年12月22日

債権者 河村悦夫

債務者 荏原実業株式会社

主文

債権者が債務者に対し労働契約上の地位を有することを仮に定める。

債務者は債権者に対し昭和四一年七月一二日から本案判決確定まで毎月二五日限り金三五、八二六円を仮に支払え。

(注、無保証)

理由

一、当事者双方の求める裁判

債権者―主文同旨

債務者―申請却下、申請費用債権者負担

二、決定理由

(一)  労働契約

債務者(以下会社ともいう)は風水力機械およびインフイルコ装置の販売ならびに据付工事等の事業を営むものであり、債権者は昭和三五年八月一日会社と労働契約を締結し東京都大田区調布嶺町所在の会社嶺町工場に勤務する者であることは争がない。

(二)  解雇の意思表示

会社が昭和四一年七月一二日債権者に対し懲戒解雇の意思表示をしたとの疏明はない。会社が同年八月一日債権者に対し、同年七月一二日附で債権者を解雇する旨の辞令書を交付したことは争がないから、会社は同年八月一日債権者を解雇する旨の意思表示をしたというべきである。

(三)  解雇の意思表示の効力

1  組合掲示板に関する合意

会社雇傭の労働者中嶺町工場に勤務する者が昭和四〇年荏原実業株式会社嶺町工場労働組合(以下組合という)を結成したこと、会社が同工場構内に一個の掲示板を建てこれを組合に貸与し組合掲示板として使用させてきたことはいずれも争がない。疏明によると会社と組合とは以来労働協約締結のため交渉を重ねる途中、同年一二月一三日「組合は右掲示板に掲示する物につき掲示責任者を明確にすべくこれにそのサイン又は捺印をする。」旨口頭で合意したことが一応明らかである。右交渉の結果組合が昭和四〇年一二月二四日会社と労働協約を締結したこと、そのうちに次のような規定が存することは争がない。

「(組合の掲示板)

第八条 組合の掲示板は会社の認める一定の場所にこれを設置することができる。

掲示板の掲示事項は左の各号に限るものとし、会社の信用失墜、個人の名誉毀損、職場の秩序紊乱を招くと認められるような事項又は事実無根その他之を歪曲した事項は掲示しない。

一、組合の各種集会に関する事項

二、組合の選挙、役員の任免異動に関する事項

三、組合の教育、文化、体育、厚生、娯楽親睦に関する事項

四、その他予め会社の許可を得た事項」

2 債権者の組合における地位

債権者が昭和四〇年四月以来書記長の地位にあることは争がない。疏明によれば、組合規約上、書記長は会計を除く一切の業務を担当すること、組合業務は情宣調査部、福利厚生部、文化部、青年婦人対策部等に分担されることが定められている事実並びに書記長は日常業務として掲示板に掲示すべき文書を、時宜に応じて情宣調査部長と打合せた上、選択掲示してきた事実が一応認められる。従つて文書の選択掲示は書記長の権限に属するというべきである。

3 債権者の文書掲示

債権者が昭和四一年七月頃組合掲示板に全国相互銀行従業員組合連合会等作成名義の「労働者市民の皆様に訴える!!」と題し静岡相互銀行における労働情勢等を記載したビラ一枚及び日本航空労働組合等作成名義「日本航空経営者の怖るべき組合弾圧」と題し日本航空株式会社における労働情勢等を記載したビラ一枚を掲示したことは争がない。

前示のように債権者は書記長として掲示文書の選択及びこれの掲示の権限を有する。そして組合の執行委員長をはじめ執行部が右掲示行為に関与していなかつたとしても、右は組合内部における相互の連絡統制の不備の問題にすぎず、書記長に前示の権限ある以上、対外的に右行為はなお組合の行為と評価さるべきである。

右文書二通を見ることにより組合員は右各会社における労働情勢等を知りうるから、その掲示事項は組合の組合員教育に関するというを妨げない。従つてこの文書は労働協約第八条第二項第三号に該当する文書である。なお組合が外部団体に加入しない方針を堅持しているからといつて、同号所定の文書が組合作成名義のものに限ると解すべき根拠はない。

以上のようにこの文書は労働協約上適法に掲示しうる文書であるから、その掲示行為は組合の行為として正当というべきである。

もつとも右文書二枚には掲示責任者のサイン及び捺印を欠くことは争がない。右は掲示物につき掲示責任者のサイン又は捺印を要する旨の前示合意に反する。しかし、右合意は掲示責任者の不明確による不都合を回避しひいては掲示権限なき者の掲示板利用を防止する目的に出たものと解すべきである。従つてすでにこれが掲示権限ある組合書記長によつて掲示された以上、サイン等の欠如という手続違反があるからといつて、組合の行為としての正当性を左右することはできない。

4 会社の文書撤去要求

会社の本店総務部管理課長川辺明が会社を代理して昭和四一年七月一一日嶺町工場において債権者に対し右文書二枚の撤去を求めたことは争がない。しかし文書掲示が組合の正当な行為である以上文書撤去を求める会社の通告は組合運営に対する介入であつて、労働組合法七条三号に該当し労働法の公序に違反する。

5 債権者の抗議

債権者が右撤去要求に従わず、しかもこれに対し再三川辺課長を冷笑しかつ無能呼ばわりをし、荒々しい態度を示し、債権者において反省し又は謝罪する必要はないと主張する等会社に対して反抗的態度を示したとしても文書撤去を求める会社の通告は無効であるから債権者がこれに従わないのは当然であり、又右通告が組合の運営に対する会社の介入である以上、債権者がこれに対し抗議をすること自体は組合役員としての職責上当然な行動である。従つてその過程において債権者が会社の主張するような態度をとつたとすればその一部分は粗暴かつ非礼とのそしりを免れないけれども、こゝに至るまでの経過を併せ考察するときは、これをもつて就業規則第四七条(6)にいう懲戒事由の一たる「職務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序をみだしたとき」(このような就業規則が存在することは争がない)に該当すると評価することはできない。

6 債権者の協調性

債権者が規則遵守の精神を欠き指示命令に素直に従う態度がなく、極端な非協調的性格で上司又は同僚らとの融和を欠きチームワークの欠陥が職場秩序に悪影響を及ぼすとの疏明はない。また債権者につき就業規則二八条(8)に定める解雇事由たる「やむを得ない業務上の都合あるとき」(この規定あることは争がない)に該当するその他の事情は認められない。

7 結論

以上説示のとおり、本件解雇の意思表示の理由とするところは、債権者の文書掲示行為、及びこれに対する会社の介入に抗議する行為即ちその労働組合の正当な行為を決定的動機とするものというべく、右意思表示は労働組合法第七条第一号に該当し、公序に違反するものとしてその効力を生じない。従つて債権者はなお会社に対し労働契約上の地位を有する。

(四) 賃金

疏明によれば債権者が会社から昭和四一年六月賃金として三五、八二六円以上を得ていたことが一応認められるから、債権者はその後も右金額の賃金を得べきものと推認すべく、その弁済期が毎月二五日であることは争がない。

(五) 仮処分の必要性

疏明によると債権者は右賃金により生活する者であつて解雇の意思表示を受けて以来生活に窮していることが一応認められるから、本件においては主文記載のような地位保全賃金仮払の仮処分をなす必要がある。

(六) 結論

よつて保証を立てさせないで主文記載のような仮処分決定を発することを相当と認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 沖野威)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例